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廉太郎17~20才 ブログトップ

瀧廉太郎 四季の瀧 [廉太郎17~20才]

明治32年(1899)の作品です。


作曲: 瀧 廉太郎
作歌: 東 くめ


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『四季の瀧』 作歌 東 くめ

一、
みなぎり落つる瀧つ瀬を
おほひて咲ける山桜
散るは水泡(みなわ)か はた花か
わかちかねたる春の朝

二、
ひるは白妙さらせりと
ながめしものをいぶかしや
月影清き夏の夜は
黄金のあやも見ゆるなり

三、
世に珍しき仙姫(やまひめ)の
織れる紅葉の唐錦
瀧の白糸よりかけて
衣や縫ふらん秋の夕

四、
白玉とばしみなぎりて
落ちくる水のひびきさへ
かすかになりぬ昨日今日
氷柱や結びそめぬらん
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※2声の各パートを一人で3回歌って多重録音しています。
2010/8/14録音

瀧廉太郎 我神洲 [廉太郎17~20才]

明治32年(1899)11月に萩原太郎編「新撰小學唱歌」~中村鐘美堂発行~ の中で発表した曲です。(廉太郎20才)

これは、2年前に発表された「日本男兒」の終わり部分に8小節付け加えて編曲したものです。
今聞くとかなり勇ましい音楽です。日清戦争(1894~1895)直後のまだ若い日本の中で廉太郎も熱い思いがあったに違いありません。


作曲: 瀧 廉太郎
作歌: 砂澤 丙喜治


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『我が神洲』 作歌 砂澤 丙喜治

一、
我神洲の正大気 凝(こ)りて咲きけむ桜花
大和男兒の眞心は 朝日に匂ふや桜花
花はちりてぞ香を留む 人は死してぞ名を残す
行けや壮夫(ますらお)魁(さきが)けて 朝日の御旗翳(かざ)しつゝ

二、
轟然一発轟けり 見るや大砲火を吐ぬ
霹靂(へきれき)一声響たり 散るや味方の榴霰弾(りゅうさんだん)
天晴砕けぬ敵の陣 見事摧(くだ)けぬ敵の陣
朝日の御旗翳しつゝ 進めや進め壮夫よ

三、
百練経たる日本刀 抜くや秋水(しゅうすい)影寒し
大和男兒が此刀 提(かか)げ持ちて敵軍を
右に左に斬り捲(まく)る 萬事鞆絵(まんじともえ)に斬り回る
行けや壮夫魁けて 朝日の御旗翳しつゝ

四、
いばえの声も勇しや 蹄の音も勇しや
阿修羅の暴し騎馬の武者 土砂巻き揚るつむぢ風
敗れし敵の木の葉武者 乱れ散りつゝ崩れたり
朝日の御旗翳しつゝ 進めや進め壮夫よ
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暘谷城址ようこくじょう(大分県日出町)
瀧家が代々仕えた日出藩木下家の城で木下家初代は豊臣秀吉の妻、ねねの甥にあたる。
廉太郎の父もここ日出で生まれた。
先祖代々の墓もこの地にあり廉太郎も訪れたであろうことから、荒城の月とも少なからず関係しているという説もあります。日出町のHP
IMGP4101.gif
2010/8/3撮影


天守跡から望む別府湾
城の下がすぐ海で、ここで獲れるカレイは、 「城下カレイ」として有名です。
IMGP4094.gif
2010/8/3撮影


瀧廉太郎像(朝倉文夫作)
暘谷城大手門前に建てられています。
旧東京音楽学校奏楽堂などにあるものと同じものです。
IMGP4111.gif
2010/8/3撮影




※一人で3回歌って多重録音しています。
2010/8/4録音

瀧廉太郎 命を捨てゝ [廉太郎17~20才]

明治30年(1897)12月に雑誌「おむかく」に「龍水」の名前で発表した曲です。
「龍水」は、瀧の漢字を分けたものです。(廉太郎18才)


作曲: 龍水(瀧 廉太郎)
作歌者未詳


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『命を捨てゝ』 作歌者未詳


命をすてゝ、ますらをが
たてし勲功(いさお)は、天地(あめつち)の
あるべきかぎり、語りつぎ
いひつぎゆかん、後のよに


妻子にわかれ、親をおき
君がみためと、盡(つく)したる
そのいさをこそ、山ざくら
後の世かけて、なほかをれ


親兄弟の、名をさへに
かゞやかしたる、増荒夫(ますらお)は
この世にあらぬ、後もなほ
國のしづめと、なりぬべし
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【2010.8.3追記】
2番の歌詞の最後「なほかたれ」とされている楽譜がありますが、「大分県先哲叢書 瀧廉太郎 資料集」(平成6年 大分県教育委員会発行)掲載の原書では「なをかをれ」となっており今回もそれによりました。


※一人で3回歌って多重録音しています。
2010/7/31録音

瀧廉太郎 散歩 [廉太郎17~20才]

明治30年(1897)10月に雑誌「おむかく」に発表した曲です。(廉太郎18才)


作曲: 瀧 廉太郎
作歌: 中村 秋香


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『散歩』 作歌 中村 秋香

ほのぼのと
あけゆく空の朝風に
たもとかへして杖たづさへて
そこともいはずこゝかしこ
あなこゝちよや。

ほのぼのと
くれゆく野路の夕露に
もすそぬらして虫のねふみて
そこはかとなくにしひがし
あなおもしろや。
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※一人で3回歌って多重録音しています。
2010/7/31録音

瀧廉太郎 春の海 [廉太郎17~20才]

明治30年7月に発表した曲です。(廉太郎17才の時、今でいうと高校3年生です)
当時音楽学校の2年先輩であった 東くめ の作詩で後の「お正月」など瀧作曲の歌曲33曲中15曲は彼女の作詩です。

作曲: 瀧 廉太郎
作歌: 東 くめ


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『春の海』 作歌 東 くめ

和歌の浦の
春のあさけ
八重の汐路

風もなぎて
寄する波の
花もかすむ
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※一人で3回歌って多重録音しています。
2010/7/25録音

瀧廉太郎 日本男兒 [廉太郎17~20才]

瀧廉太郎が明治30年(1897)3月に初めて雑誌に発表した曲です。
(廉太郎17才の時、今でいうと高校2年生です!)
当時の日本は、日清戦争(1894~1895)直後で日本中がこの音楽のように高揚していたんですね。
瀧廉太郎も例外ではなく、いくつかの軍歌を作っていて、これもその中の一曲です。
出版された楽譜には「作曲は小山作之助先生の校訂に係る」と書かれており多少手が加えられていると思われます。

作曲: 瀧 廉太郎
作歌: 東 郊


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『日本男兒』 作歌 東 郊

日本男兒そは何ぞ、日本男兒そはたれぞ、
大砲小砲何かある、硝烟彈雨(しょうえんだんう)も何かある、
息の根たゆる笛の音は、消えても消えず君が名は、

日本男兒そは何ぞ、日本男兒そはたれぞ、
彈丸雨飛(だんがんうひ)のその中を、右往左往にかけめぐり、
さしも堅固の玄武門、敗りて植(た)てたる日の御旗。

日本男兒そは何ぞ、日本男兒そはたれぞ、
大喝一声(たいかついっせい)進めよと、叫びし声と諸共(もろとも)に、
屍(かばね)は空(むなし)く安城に、消えても消えず其誉(そのほま)れ、
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【2010.8.3追記】
1番の歌詞「大砲小銃」とされている楽譜がありますが、「大分県先哲叢書 瀧廉太郎」掲載の原書では「大砲小砲」となっており今回もそれによりました。


※一人で3回歌って多重録音しています。
2010/7/25録音
2010/8/19再録音

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