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瀧廉太郎 日本男兒 [廉太郎17~20才]

瀧廉太郎が明治30年(1897)3月に初めて雑誌に発表した曲です。
(廉太郎17才の時、今でいうと高校2年生です!)
当時の日本は、日清戦争(1894~1895)直後で日本中がこの音楽のように高揚していたんですね。
瀧廉太郎も例外ではなく、いくつかの軍歌を作っていて、これもその中の一曲です。
出版された楽譜には「作曲は小山作之助先生の校訂に係る」と書かれており多少手が加えられていると思われます。

作曲: 瀧 廉太郎
作歌: 東 郊


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『日本男兒』 作歌 東 郊

日本男兒そは何ぞ、日本男兒そはたれぞ、
大砲小砲何かある、硝烟彈雨(しょうえんだんう)も何かある、
息の根たゆる笛の音は、消えても消えず君が名は、

日本男兒そは何ぞ、日本男兒そはたれぞ、
彈丸雨飛(だんがんうひ)のその中を、右往左往にかけめぐり、
さしも堅固の玄武門、敗りて植(た)てたる日の御旗。

日本男兒そは何ぞ、日本男兒そはたれぞ、
大喝一声(たいかついっせい)進めよと、叫びし声と諸共(もろとも)に、
屍(かばね)は空(むなし)く安城に、消えても消えず其誉(そのほま)れ、
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【2010.8.3追記】
1番の歌詞「大砲小銃」とされている楽譜がありますが、「大分県先哲叢書 瀧廉太郎」掲載の原書では「大砲小砲」となっており今回もそれによりました。


※一人で3回歌って多重録音しています。
2010/7/25録音
2010/8/19再録音

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